脱濡れ(Dewetting)とは?
脱濡れ(Dewetting)とは、液体が表面から後退・収縮する現象を指します。この現象を評価する方法としては、動的接触角評価の一種である拡張収縮法や転落(滑落)法が広く知られており、これらの方法では、いわゆる後退角(Receding angle)を評価します。
拡張収縮法では、表面上の液滴をニードルの先端から吸引することで収縮させ、その際に観察される接触角(後退角)を評価します。一方、転落法では、表面に置かれた液滴が転がり落ちるよう、基板を一定速度で傾斜させます。このとき、液滴が後退する側の接触角(後退角)を測定します。
脱濡れ(はじき)現象(すなわち液滴の後退運動)は、完全に濡れていない材料表面(接触角>0°)において、自然な濡れや技術的な濡れ問わず、殆どの場合で発生する一般的な現象です。例えば、雨滴のガラスへの衝突、水滴が葉から流れ落ちるとき、コーティング過程、液中表面での気泡の成長、液滴の蒸発など様々な現象が挙げられます。
図1 脱濡れ(後退・収縮)を伴う液滴の挙動(独国KRUSS社製スタンドアップドロップモジュールによる滴定の様子)。雨滴の衝突やコーティング過程など一般的な濡れ過程はこのように力学的に強制的な濡れが発生した後にエネルギー的に安定な状態へ移行する為に脱濡れが起こる。
なぜ脱濡れ評価が必要なのか?
接触角や表面自由エネルギーといった濡れ性評価は、さまざまなアプリケーションで広く活用されている表面特性評価の一つです。しかし、これらの評価だけでは十分に表面特性を把握できないケースもあり、例えば「サンプル間に明確な差が見られない」「測定結果と実際の現象が一致しない」といった課題に直面することも少なくありません。
その一因として、「脱濡れ」現象のような本質的に異なる現象に対しても、濡れ性評価を適用してしまっていることが挙げられます。典型的な例として、テストインク(ダインペン、濡れ性チェックペン)による評価の代替として、接触角や表面自由エネルギー評価を用いるケースがあります。
テストインク評価は、簡便かつ低コストな濡れ性評価法として、主に製造現場などで広く利用されています。一方で、目視による主観的な判断や、コンタミネーションのリスクがあることから、接触角や表面自由エネルギーを用いた装置による定量的な評価への移行を希望する声も以前から多くありました。
しかし実際には、接触角や表面自由エネルギーによる測定結果が、従来のテストインク評価と相関しない事例も少なくありません。その理由は、テストインク評価が実際には「はじき現象」、すなわち「脱濡れ」現象に基づいた評価手法であるためです。
「脱濡れ」評価は、濡れ性評価とは全く異なる現象に基づいた表面特性評価の一つであり、両者のデータには明確な相関関係は存在しません。言い換えれば、脱濡れ評価を行うことで、濡れ性評価では捉えきれなかった表面の性質に関する新たなデータや知見を得ることが可能となり、これまで「濡れ性評価では差が見られない」「測定結果と実際の現象が一致しない」といった課題の解決につながる可能性があります。
脱濡れ評価における課題
上述した拡張収縮法や転落法は、特に研究開発の分野において、以前から「脱濡れ」評価の方法として利用されてきました。しかし一方で、いくつかの課題も指摘されています。例えば、拡張収縮法では吸引速度、転落法では傾斜速度や液滴量などの測定条件によって、結果が大きく左右される点が挙げられます。また、どの時点のデータを後退角と見なすかという評価基準によっても、結果にばらつきが生じるケースがあります。
さらに、これらの方法が表面特性評価の中で広く利用されていない最大の理由は、測定に時間がかかることです。測定装置や条件、評価者の熟練度にもよりますが、N=1の測定に数分程度を要することが多く、これは、いわゆる濡れ性評価の接触角測定が早ければN=1で数秒程度で完了するのと比べて、非常に煩雑な作業となります。
そのため、測定スピードやユーザー依存性の観点から、特に品質管理工程などではこれらの手法はあまり用いられていませんでした。
図3 転落角測定の様子(独国KRUSS社ソフトウェア「ADVANCE」の測定画面)。従来の「脱濡れ」評価はサンプルや測定者により測定条件が異なるサンプル・ユーザー依存性があり、また測定に比較的時間を要することも課題であった。
革新的「脱濡れ」評価「スタンドアップドロップ法」
前述の通り、「脱濡れ」評価が表面特性評価の一つとして有用であると認識されているにも関わらず、いくつかの課題から接触角などの濡れ性評価と比較すると一般的に(特に品質管理工程において)用いらていませんでした。そこで、それらの「脱濡れ」評価の課題を解決するべく、独国KRUSS社が開発したのが、革新的脱濡れ評価技術「スタンドアップドロップ(SUD)法」です。
「スタンドアップドロップ(SUD)法」では、ワンクリックで一定の高さ・液量の液体(水)を高速で細長いジェット状に固体表面に吐出することで、液滴を強制的に表面に濡れ広がらせ、その後エネルギー的に安定した状態に移行する為に、液滴状に収縮した際の接触角(後退角)を測定します(脱濡れ、図1参照)。
この測定方法では、ワンクリックで一定の高さ・液滴量で液滴を吐出し測定を行い、また、測定も液滴が安定な状態(準平衡状態)に達した際の接触角(後退角)を評価する為、測定者や測定条件、評価基準などによる評価のバラツキが殆ど発生せず、信頼性・再現性に優れた(サンプル・ユーザー依存性を排除した)結果を得ることができます。
更に、従来の評価方法の最大の課題である「測定スピード」も、ワンクリックの最短1秒での評価が可能である為、初心者や熟練者に関わらず、接触角などの濡れ性評価と同等かそれを上回るスピードでの評価が可能です。
図4 独国KRUSS社製接触角計に搭載された「DO3251 SUDモジュール」。ワンクリックの最短1秒でサンプル・ユーザー依存性を排除した脱濡れ評価を可能とする。
スタンドアップドロップ法による評価事例
SUD法を用いた脱濡れ評価により、様々な特性や指標、評価との相関性が確認されています。例えば、上述のテストインク評価やプラズマ処理などの表面処理、防湿性や通気性の重要指標である水蒸気透過率(MVTR)などが挙げられます。また、コーティングや接着剤の剥離などの現象は、表面から液滴の後退・収縮(脱濡れ)と類似した現象であり、クロスカット試験などの物理的接着評価の結果と高い相関性を示すことがあります。
図5 テストインクによるダイン値(mN/m)とSUD法による後退角(°)の関係(サンプル:表面処理前後の複数のポリマー)。テストインクとSUD法による評価の高い相関性が確認できる。
図6 SUD法による様々な評価事例
関連情報
関連装置
ダブル滴定ハンディ接触角計・表面自由エネルギー解析装置 MSA
MSAは2種類の試薬の接触角を同時に滴定・測定可能なダブル滴定システムを備える革新的なハンディ接触角計です。これにより、これまで試薬の入れ替えや計算などで手間のかかっていた表面自由エネルギーの測定を、誰でもワンクリックのわずか1秒で行うことが可能です。また、誰もがワンクリックするだけの全自動で簡単・スピーディな測定が可能。高撥水表面であっても少ない液量のまま容易に着液(例えば0.5μlや2.0μlなど)が可能。従来ニードル式で問題となる着液時のニードル高さ位置による接触角値への影響を低減。固体ニードル不使用なのでサンプルを傷つける心配がないという特徴をそなえます。
ハンディ接触角計 MSA Flex
MSA Flexは接触角測定機能をハンディタイプに落とし込んだシンプルでコンパクトな装置です。サンプル溶液や試薬などお好みの液体をカートリッジにセットして、接触角や表面自由エネルギーを測定することができます。液滴の作成、着液、データ取得はワンクリックの全自動で行われます。また、捜査はUSBケーブル接続されたPCから行いますが、専用ソフトウェアADVANCEは快適な測定を強力にサポートします。
簡易接触角計 DSA25
シンプルなハードウェアで高機能接触角測定を実現する簡易接触角計です。人間工学に基づく操作性抜群の日本語対応ソフトウェア「ADVANCE」との組み合わせにより、手動機ながら思いのままの接触角測定が可能です。着液動作が手動ながら、再現性良く着液可能な独自機構「ドーズ&プッシュ着液システム」を採用した、高い人気を誇る接触角計です。自動液滴作成、手動着液、自動測定による測定システムは使い勝手が良く、一部手動ながらスピーディー・快適・高精度な解析が可能です。
高機能自動接触角計 DSA30
KRUSSのハイエンド全自動モデルDSA100の機能はそのままに、コンパクト化、低価格化を果たしたモデルです。液滴の作成、着液、測定をすべて自動で行うため、人為誤差を最大限に排除した測定をご希望の場合に最適です。マルチシリンジシステムを使用すれば最大4種類の試薬を自動で切り替えながら測定できます。自動軸移動オプションの選択により、XY(θ)軸を自動移動させながら固体上の任意の個所の接触角をワンクリックの全自動で測定することができます。マッピング解析にも対応しており、固体上の濡れ性の分布を可視化することも可能です。
ハイエンド自動接触角計 DSA100
接触角計の世界的リーディングカンパニーであるKRUSS社のラインアップの中で、最もハイエンドなモデルです。簡易接触角計DSA25やコンパクトな全自動接触角計DSA30が対応するほぼすべての機能とオプション、A4サイズを上回るような大判サンプルの測定、高圧環境での測定など、ありとあらゆるニーズに応えられる拡張性の高さを備えます。カメラ倍率は無段階7倍ズームと小さな液滴でも常に最適な倍率で高精度に測定することができます。滴定や着液などの各種動作の手動化・自動化はもちろん、最大8種類の試薬切り替えが可能なマルチシリンジ、最大測定可能サンプルサイズW700 x D∞ x H275mmを誇るモデルDSA100Lなど、特殊なサンプルを測定できる各種オプションやモデルを取り揃えています。
多機能自動表面張力計 Tensiio
KRUSS社が開発した次世代の多機能表面張力計です。本体上のカラータッチディスプレイによる軽快な操作性と省スペース化に加え、プレート法やリング法などの基本的な表面/界面張力測定はもちろん、固体サンプルの動的接触角測定、粉体の接触角や表面自由エネルギー、浸透重量速度測定、CMC(臨界ミセル濃度)測定、液体密度測定など幅広い評価に対応可能なモデルです。